福岡地方裁判所 平成3年(ワ)758号 判決 1992年5月29日
主文
一 被告らは、原告に対し、各自、金一四五四万五七四五円及びこれに対する昭和六二年八月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを六分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
理由
【事 実】
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自、金七三七〇万八五七三円及びこれに対する昭和六二年八月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 (事故の発生)
(一) 日時 昭和六二年八月九日午後二時五〇分ころ
(二) 場所 札幌市手稲区(当時西区)前田八条一〇丁目六番先路上
(三) 態様 被告長南基(以下、「被告長南」と言う。)が自動二輪車(札幌み六二七二。以下、「加害車[1]」という。)を運転して石狩方面から手稲本町方面に向けて前記場所を走行中、対向車線から右折を開始した被告掛作千鶴子(以下、「被告千鶴子」と言う。)運転の普通乗用自動車(札幌五八て七四〇二。以下、「加害車[2]」と言う。)を認め、これとの衝突を避けようとして左にハンドルを切り、道路左側に停車中の原告運転の自動二輪車(福岡か四〇九八。以下、「被害車」という。)に追突したもの。
2 責任
(一) 右事故の際に、被告長南は加害車[1]を、被告掛作千枝子(以下、「被告千枝子」という。)は加害車[2]を、それぞれ所有していた。
(二) 被告千鶴子は、右折を開始するにあたつては対向車がないことを確認すべき義務があるのにこれを怠つた過失により、自車を被告長南の運転する加害車[1]に接近させ、同被告の誤つたハンドル操作を招き、よつて本件事故を惹起させた。
3 傷害、治療経過、後遺障害
(一) 傷害
原告は、本件事故により脾臓破裂、出血性ショック、右脛骨踝間隆起骨折・右膝前十字靭帯部分断裂、右膝外側半月板断裂等の傷害を負つた。
(二) 治療経過
原告は、右傷害の治療のため次のとおり入・退院をした。
(1) 昭和六二年八月九日に野中整形外科病院に通院
(2) 同年八月九日から九月三日まで札幌中央病院に入院(二六日間)
(3) 同年九月七日から九月一九日まで九州大学医学部付属病院(以下、「九大病院」という。)に入院(一三日間)
(4) 同年九月一九日から一一月一五日まで吉塚林病院に入院(五七日間)
(5) 昭和六三年二月一八日から平成三年二月一四日まで九大病院に通院(実通院日数七日)
(三) 後遺障害
原告は、本件事故により、脾臓の摘出を受けた外、右膝に痛みと動揺性及び正座不能の機能障害が残つた。(症状固定日は平成三年二月一四日)
4 損害
(一) 治療費 三九六万一一〇五円
(二) 装具代 八万九〇〇〇円
(三) 諸雑費
(1) 入院雑費 一一万五二〇〇円
(一二〇〇円×九六日)
(2) 交通費 二八万一〇二〇円
(四) 入通院慰謝料 二〇〇万円
(五) 休業損害 七五万四八八〇円
原告は、本件事故当時、家庭教師等によつて一日四七一八円の収入を得ていたが、本件事故による傷害のため昭和六二年八月九日から昭和六三年一月一四日までの一六〇日間の休業を余儀なくされた。
(六) 後遺障害による逸失利益 一億二二四四万一六一五円
脾臓の喪失は自賠法施行令第二条別表の後遺障害別等級表第八級一一号に、右膝の機能障害は第一二級七号にそれぞれ該当し、両者を併わせるとその等級は七級となり、労働能力の喪失は五六パーセントとみるべきである。原告は症状固定時二六歳であるから、全歯科医師の平均年収一二六四万二八六七円を基礎として、六七歳までの四一年間の逸失利益の現在価値をライプニッツ係数を用いて計算すると標記の金額となる。
(12,642,867円×0.56×17.294=122,441,615円)
(七) 後遺障害による慰謝料 九〇〇万円
(八) 弁護士費用 七二九万円(請求金額の一割)
5 損害の填補
原告は次のとおり支払いを受けた。
(一) 大正海上火災保険株式会社より治療費三九六万一一〇五円、装具代八万九〇〇〇円、内払金一九九万六五二八円
(二) 被告長南より四五万円
(三) 三井海上火災保険株式会社より一五〇〇万円
よつて、原告は、被告らに対し、自賠法三条ないし民法七〇九条に基づき一億二四四三万六一八七円の損害賠償請求権を有するところ、その内金七三七〇万八五七三円及びこれに対する本件事故の日である昭和六二年八月九日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2は認める。
2 請求原因3のうち、(二)の(5)の通院期間中昭和六三年一二月二二日より以降の部分及び(三)の症状固定日を否認し(症状固定日は平成元年三月二三日である。)、その余の事実は認める。
3 請求原因4のうち、(一)、(二)、(三)の(2)、(五)は認め、(三)の(1)、(四)、(六)、(七)、(八)は否認する。
(三)の(1)については一日一〇〇〇円で算定すべきである。
(四)は一二〇万円が相当である。
(六)について、脾臓は生命の維持に不可欠な臓器ではなく、摘出されてもその機能が他の臓器(骨髄、肝臓、リンパ節)などにより代替され、人体に特段の影響を与えないからこれによる労働能力の喪失はないものというべきである。また、右膝の後遺障害の程度は第一四級一〇号にとどまる。いずれにせよ、原告は本件事故当時九州大学歯学部の学生であつたが、その後歯科医師の資格を取得し、現在九大病院の歯科医師として勤務し、通常と同様の収入を得ているのだから逸失利益はあり得ない。
4 請求原因5は認める。
第三 証拠《略》
【理 由】
一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。
二1 請求原因3の(一)及び(二)の(1)ないし(4)及び(5)のうち昭和六三年一二月二二日までの通院期間については当事者間に争いがない。
2 請求原因3の(二)の(5)のうち、昭和六三年一二月二二日より以降の通院につき判断するに、《証拠略》を総合すると、原告は平成三年二月一四日まで九大病院に通院しているが、原告の症状は平成元年三月二三日に固定しており、同日以降の通院は後遺障害診断のためのものであると認められるから、入・通院慰謝料の判断の基礎となる通院期間は昭和六三年一二月二三日まで(実日数六日間)となる。
3 請求原因3の(三)の事実は、症状固定の日を除き当事者間に争いがない。
症状固定の日は前述の如く平成元年三月二三日であると認める。
三 請求原因4 損害について
1 請求原因4の(一)(治療費)、(二)(装具代)の事実は当事者間に争いがない。
2 請求原因4の(三)の(1)の事実(入院雑費)については、一日あたり一一〇〇円として九六日間の合計一〇万五六〇〇円とするのが相当であると認める。
請求原因4の(三)の(2)の事実(交通費)については当事者間に争いがない。
3 請求原因4の(四)の事実(入通院慰謝料)については、諸般の事情を勘案の上一二〇万円をもつて相当であると認める。
4 請求原因4の(五)の事実(休業損害)は、当事者間に争いがない。
5 請求原因4の(六)(後遺症による逸失利益)について
(一) 原告が脾臓の摘出を受けたこと並びに原告の右膝に痛み及び動揺性の機能障害が残つていることは当事者間に争いがない。
(二) これらの後遺障害による労働能力の喪失の割合について検討する。
まず、脾臓摘出の労働能力に与える影響について検討するに、《証拠略》には脾臓は生命の維持に必要欠くべからざるものではなく、その機能は他の臓器により容易に代替され得るものであるから、脾臓を摘出してもみるべき障害を残さない旨の考え方が示されており、また原告本人尋問の結果によれば、原告は現在九州大学歯学部放射線科の研究医として午前八時から午後五時まで通常に勤務していることが認められる。
しかしながら、《証拠略》は、一九六八年に発行された書物であり、右書物自体脾臓の生理的機能には未だ不明のところが多く、将来に残された問題も多いとしているところである。さらに、《証拠略》を総合すると、脾臓は異物の捕捉処理能力や免疫抗体の産出能力等があるところ、近時においては脾臓の摘出による感染防御能力の低下、さらには敗血症の発生率の上昇が問題とされ、脾臓全部を摘出することについては従来よりも慎重であるべきことが指摘されていること、また原告は、脾臓摘出後疲れやすくなつたり、風邪を頻繁にひくようになり、寝不足をすると高熱が出るようになつたことが認められる。加えて、労働基準法に定める災害補償において、脾臓を失つた場合の労働能力の喪失率が四五パーセントとして取り扱われていること(労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号)も勘案すると、原告が現在一応通常の生活をしているからといつて労働能力の喪失はないものと断ずることはできず、むしろ前記の諸般の事情を考慮するならば、原告は脾臓摘出によりその労働能力の一五パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。
次に、右膝の後遺障害による労働能力の喪失の割合について検討するに、《証拠略》を総合すると、原告は右膝の後遺障害のため正座ができず、長時間走ることができない、階段につまづくなど日常生活に支障が生じており、特に原告は歯科医師であるところ、立ち仕事が中心であり、治療のための機械の操作を足で行う必要のあることから、その仕事への影響が考えられるが、他方、膝の屈曲については他動・自動とも右が一三〇度、左が一五〇度でありそれ程左右差の大きくないこと、前述のように原告は現在九州大学の研究医として通常どおり勤務していること、また機械の操作についても習熟が見込まれることに照らすと、これによる労働能力の喪失の割合は五パーセント程度とみるべきである。
以上によれば、本件事故の後遺障害による労働能力の喪失の割合は全体で二〇パーセントと認められる。
(三) 次に、逸失利益算定の基礎となる収入について検討する。
《証拠略》によれば、本件事故のあつた昭和六二年当時原告は九州大学歯学部の四年生の学生であり、平成二年三月に大学を卒業し、同年四月から九州大学歯学部放射線科に研究医として勤務し月に一一万円の収入を得ている外、アルバイトにより月八万円の収入を得ていること、原告は、本件事故にあう前は民間の歯科病院に勤務し、その後開業医となることを考えていたところ、研究医となる途を選んだのは、本件事故の後遺障害による体力への不安が影響を与えていることは否めないこと、研究医の期間は二年間であり、その後も大学へ残るものは少数であること、さらに原告も将来は開業医となる希望を有していることの各事実が認められる。
そして、以上の事実に勘みるならば、原告の現在の収入である月額一九万円を逸失利益算定の基礎とすることは相当ではなく、少なくとも甲第一二号証による歯科勤務医の平均給与である月額五二万一六三五円をもつて算定の基礎とするべきである。
(四) 《証拠略》によれば、原告は症状固定後歯科医師の資格を取得した時点で年齢二六歳であるから、六七歳までの四一年間の逸失利益の現在価値をライプニッツ係数を用いて算出すると、左記計算式のとおり金二一六五万〇七七三円となる。
(521,635円×12か月×0.20×17.294=21,650,773円)
6 請求原因4の(七)の事実(後遺障害による慰謝料)については、諸般の事情を勘案し六〇〇万円が相当と認められる。
以上を合計すると三四〇四万二三七八円となる。
四 請求原因5(損害の填補)の事実については当事者間に争いがないから、右金額を前項の合計額から控除すると一二五四万五七四五円となる。
五 請求原因4の(八)の事実(弁護士費用)については二〇〇万円と認めるのが相当である。
以上によれば、本訴請求は、自賠法三条ないし民法七〇九条により金一四五四万五七四五円及びこれに対する本件事故の日である昭和六二年八月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永野厚郎)